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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)510号 判決

判  決

東京都墨田区吾妻橋一丁目八番地

原告

東信用組合

右代表者代表理事

滝沢直次郎

右訴訟代理人弁護士

大政満

右訴訟復代理人弁護士

山本満夫

東京都墨田区東両国一丁目一三番地

被告

青木貞司

(ほか一三名)

右十四名訴訟代理人弁護士

岡田実五郎

右同

佐々木

右当事者間の昭和三十三年(ワ)第五一〇号建物収去土地明渡請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の申立

被告青木貞司は原告に対し別紙第一目録記載の建物を収去して別紙第二目録記載の土地を明渡せ被告青木貞司を除く其の余の被告等は、原告に対して別紙第一目録記載の建物の中第三目録記載の各自の占有する部分より退去して右建物の敷地である別紙第二目録記載の土地を明渡せ

被告青木は原告に対し昭和三二年九月六日より別紙第二目録記載の土地の明渡しを完了するまで一ケ月金一九〇〇円の金員を支払え

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

請求の原因たる事実

一、請求の趣旨記載の別紙第二目録記載の土地(以下本件土地と略記する)は原告の所有である。

二、原告の本件土地に対する所有権の取得は、訴外木内英太郎及び被告木内次郎を申立人、原告を相手方として、昭和三〇年二月二三日東京簡易裁判所において成立した左記内容の裁判上(起訴前の)和解(同庁昭和三〇年(イ)第一〇四号事件)に基くものである。

(和解条項)

(一)  訴外木内英太郎は原告に対して昭和二八年六月一九日付約定書に基き借り受けた金一八〇万円並に右金員に対して昭和三〇年一月二五日より完済に至るまで一〇〇円につき日歩四銭に相当する利息金の支払義務あることを認めてこれが元利金を昭和三〇年一月二五日より毎月二、〇〇〇円宛の日賦を以つて完済にいたるまで支払うものとする。

(二)  木内英太郎が前項の日賦金の支払を五回以上怠つたときは分割支払の利益を喪い一時に支払うものとする。

(三)  前(二)項の場合には、右木内英太郎は履行遅滞のときより完済にいたるまで残元本につき日歩八銭に相当する違約損害金を併せ支払うこと。

(五)  被告木内次郎は木内英太原郎が原告に対して負担している前記各項の債務につき連帯保証の責に任ずること

(五)  被告木内次郎は木内英太郎の右債務支払の担保として別紙第二目録記載の土地並に右土地上に建物(東京都墨田区東両国一丁目一三番地家屋番号同町一三番一七、木造瓦葺平家建店舗兼居宅一棟建坪一二坪五合(以下和解条項記載の建物と略記する)に原告のため順位第一番の抵当権を設定すること

(六)  木内英太郎が第一項に定めた日賦金の支払を期日に五回以上怠つたときは、被告木内次郎が提供にかかる前項表示物件は残債務元利金の代物弁済に供することを被告木内次郎は承認する。被告木内次郎は右代物弁済の予約に基き所有権移転請求権保全の仮登記手続をなすこと。

(七)  前項の場会に原告が代物弁済の予約を完結せんとするときは三日の猶予を置き被告木内次郎に対して債務の支払を為さないときは、代物弁済を実行する旨の通知を発し被告木内次郎において右三日以内に債務の支払をしないときは当然原告は本件物件につき代物弁済として所有権を取得するも被告木内次郎は一切異議を申立てないこと。

(八)  前項の場合において被告木内次郎は東京法務局墨田出張所において前記(五)項表示の物件につき原告のため昭和三〇年一月二五日附契約により代物弁済として所有権を移転する旨の登記手続をしなければならない。

(九)  被告木内次郎は本契約上の債務完済にいたるまで前記(五)項表示物件につき他に対して抵当権質権賃借権を設定したりその占有名義を変更したりしないこと。

(一〇)  被告木内次郎が前項記載の行為をなしたときは前記(二)項の場合と同様当然分割支払の利益を喪うものとする。

(一一)  被告木内次郎は前記(六)(七)項の場合においては、即時本件和解条項記載の建物より退去の上これを明渡すこと

即ち右和解に基き原告は本件土地及び和解条項記載の建物に抵当権並びに代物弁済予約に基く所有権移転請求権の仮登記手続を完了した。

しかるに訴外木内英太郎は和解条項(一)の日賦返済金につき昭和三〇年四月二二日分まで八七回計金一七五、〇〇〇円を支払つたのみで其の後五回以上にわたり弁済を怠つた。よつて原告は和解条項(三)(四)(六)(七)に従い昭和三二年七月一五日附内容証明郵便をもつて訴外木内英太郎並びに被告木内次郎に対し残債務を書面到達より三日以内に支払われたいこと若し右期間内に支払のないときには被告木内次郎所有の本件土地及び和解条項記載の建物は代物弁済として原告においてその所有権を取得する旨の通知をなし右通知は昭和三二年七月一六日被告木内次郎等に到達した、しかるに被告木内次郎等はその支払をなさなかつたので、本件土地及び和解条項記載の建物は昭和三二年七月二〇日原告の所有となつた。

三、原告は執行力ある右和解調書正本により昭和三二年七月三〇日被告木内次郎に対して和解条項記載の建物明渡の執行に着手した。ところが被告木内次郎は右建物を昭和三十一年二月中に取毀し、本件土地の上に被告青木貞司が別紙第一目録記載の建物を建築所有して本件土地を占有している。

四、しかして右建物は被告等によつて次の様に占有されている。

建物中一階の部分は

道路側向つて右の四帖半は被告野口隆政が次の四帖半は被告山崎武がその余の部分は被告木内次郎及び被告青木貞司が占有使用している。建物中二階の部分は道路側向つて右側の四帖半は被告佐藤惣之助が次の四帖半は被告野平栄子がその次の四帖半は被告山田治が次の四帖半は被告佐藤亀之助が最左側の四帖半は被告有賀安吉が、その反対側の向つて右側の四帖半に被告浜村一学がその次の四帖半は被告柳沢行男が次の六帖には被告佐藤利秋同菊地邦夫同衣袋広の三人がそれぞれ占有使用している更に最左側の台所四坪は二階を使用している各被告等が共同に使用している。

五、原告は本件土地につき昭和三〇年一月二十五日所有権取得の本登記をなしたものであり原告の所有権は同日以降何人にも対抗し得るものである。

よつて原告は右所有権に基き被告青木貞司に対し別紙第二目録記載の建物収去による本件土地明渡を求めその余の被告等に対して右建物の各占有部分の退去による本件土地の明渡並に被告青木対しては不法占有後である昭和三二年九月六日から明渡済まで一ケ月分一七〇〇円の公定賃料相当の損害金の支払を求める。

被告の無権代理による和解無効の主張に対して

原告の本件土地所有権の取得原因である和解は有効である。被告木内次郎は昭和三〇年一月二五日訴外木内英太郎に対して原告との間で請求原因事項記載の和解条項通りの裁判上の和解をなすための代理権を授与した。

訴外木内英太郎は裁判上の和解をなすために自己及び被告木内次郎を代理してその名において訴外鈴木亮弁護士を訴訟代理人に選任したので原告は昭和三〇年二月二三日東京簡易裁判所において同代理人と請求原因事実記載の和解をなした。

仮りに被告木内次郎が訴外木内英太郎に授与した代理権が被告主張のとおり原告より本件土地及び和解条項記載の建物を目的とする抵当権を設定することによつて、金五〇万円を借入れるに止り裁判上の和解をなす権限を含まないものであつて裁判上の和解のため訴外鈴木亮弁護士を代理人に選任した行為が代理権限を踰越した行為であつても訴外木内英太郎が被告木内次郎の代理人として訴訟代理人選任行為は表見代理行為に該当する。

即ち訴外木内及び被告木内は原告に代理権のないことを秘しており却て代理権あるものの如く振舞つていたので原告はこれあるものと信じていたものであり、被告木内はその実印及び権利証を右木内に預けその使用を一任していたこと右木内と被告木内とは兄弟であり被告木内は右木内に本件土地及び建物を担保に原告より借用することを委任していたものであるから原告は右木内に代理権ありと信ずる正当の事由が存したものである。

よつて民法第一一〇条により本件和解は被告木内次郎にも効力を及ぼすものである。

仮りに右の主張が認められないとしても被告木内次郎は訴外木内英太郎に対して昭和三〇年一月二五日請求原因事実記載の和解条項通りの和解契約を締結するための代理権を授与した。よつて原告は、同日被告木内次郎及び訴外木内英太郎との間で和解契約を締結した。よつて前記裁判上の和解が被告の無権代理人によつてなされたものとして仮りに無効であるにしても私法上の和解契約は有効である。

被告の申立

原告の請求は全部これを棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

答弁の事実

一、原告主張の請求原因事実一は被告等全部否認する。

二、被告木内次郎は、原告主張の請求原因事実二の中

訴外木内英太郎及び被告木内次郎を申立人とし原告を相手方とする和解が成立し原告主張の内容の和解調書が作成されたことは認める。

しかし右和解は、訴外木内英太郎が代理権限がないにも拘らず被告木内次郎の代理人として、為したものであり、私法上の和解としても訴訟行為としての和解としても無効である。

被告木内次郎が訴外木内英太郎に授与した代理権は、訴外木内英太郎が原告より金五〇万円を借り入れるに際して、右金五〇万円の担保のために、被告木内次郎の所有である本件土地及和解条項記載の建物に被告木内次郎を代理して抵当権を設定する権限のみであつた。被告木内次郎は、訴外木内英太郎に対して私法上の和解、裁判上の和解についての代理権を授与したことがないのは勿論訴外鈴木亮弁護士を代理人に選任したこともない。

訴外木内が原告に対し原告主張の債務を負担していたこと、原告主張の抵当権及び代物弁済の予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記のなされたことは不知、

原告主張の日時に、原告主張の内容証明郵便による書面の到達したこと及び原告主張の日時に、金員の支払をなさなかつたことは認める。その余の主張事実は全部否認する。

その余の被告等は請求原因事実二、中原告主張の内容の和解調書が作成されていること原告主張の催告及び代物弁済予約完結の意思表示の到達したことは認めるがその余の点は全部不知。

三、請求原因事実三につき被告木内次郎はこれを認める。

その余の被告等は被告青木貞司が本件建物を建築所有していることは認めるがその余の事実は不知

四、請求原因事実四は被告等全部これを認める。

五、請求原因事実五は被告等全部争う。

証拠<省略>

理由

昭和三〇年二月二三日東京簡易裁判所において、訴外木内英太郎及び被告木内次郎を申立人、原告東信用組合を相手方とする昭和三〇年(イ)第一〇四号貸金和解事件につき、和解が成立し、原告主張の内容の和解調書が作成されたこと、原告主張の土地に被告青木貞司が別紙第二目録記載の建物を建築所有しこれに居住して、これを占有し、その余の被告等は右建物中の原告主張の各部分をそれぞれ占有していること。については当事者間に争いがない。

しかしながら被告等は裁判上の和解及びその内容である私法上の和解の無権代理による無効を主張するので以下これにつき判断する。

(訴外木内英太郎の代理権の存否について)

(証拠)を綜合すると

訴外木内英太郎は、原告との間に昭和二八年六月頃より取引関係にあり昭和二九年末頃、原告に対し元利金残約一三〇万円の債務を負担していたが昭和三〇年一月二〇日頃更に、同人は原告に対して訴外小早川勝次に対する債務金五〇万円を返済するために金五〇万円の借用方を申し込み同人の弟である被告木内次郎が訴外小早川勝次に対する金五〇万円の担保として、提供していたところの本件土地及び和解条項記載の建物につき、既存債務金一三〇万円に前記金五〇万円を加えて合計金一八〇万円のために担保に提供することを申出たので原告としては右担保物件につき抵当権を設定し且つ右債務不履行のときには代物弁済として提供することを約し、その旨の裁判上の和解をなした上でならば、この申込に応じ金五〇万円を貸付けてもよいと決定し、木内英太郎もこれを承諾し、その旨の承諾書(中略)を原告に渡した上原告において和解条項を作成し昭和三〇年一月二五日訴外木内英太郎は右和解条項にしたがつて、原告より金五〇万円を借用して訴外小早川の債務を弁済した上本件土地及び和解条項記載の建物につき被告木内次郎の代理人として、同人の実印、印鑑証明を使用して本人の名において、(直接本人の名を記載して)原告のため、債務額金一八〇万円のため順位一番の抵当権を設定し且つ債務不履行のときの代物弁済の予約をなし右抵当権の登記及び所有権移転請求権保全の仮登記手続をなしたこと。更に、昭和三〇年二月二三日、訴外木内英太郎は、被告木内次郎を代理して、被告木内次郎本人の名において訴外鈴木亮弁護士を代理人に選任し、原告との間で前記裁判上の和解をなしたことを認めることができる。

しかしながら前記各証人の証言によると原告は木内英太郎の人柄職歴等から同人の言を信じ被告木内には全然面談したこともなく、担保物件の提供について問合せ等を一切なさなかつたものであること、裁判上の和解をなすについても原告の代理人弁護士大政満の発案で同人の法律事務所にいた弁護士鈴木亮が木内英太郎及び被告木内の代理人として選任され和解の手続がなされたもので鈴木弁護士は一回も被告木内と面談したことはなかつたことを認めることができ又証人木内英太郎の証言及び被告木内次郎の本人尋問の結果によると木内英太郎は被告木内に前認定の小早川に対する五〇万円の債務を原告にいわゆる肩替りして貰うことは話したけれども前記借替に際して木内自身の債務も含めて当抵権設定や代物弁済の予約をすることは話さず、登記手続に必要な印鑑も木内英太郎が被告木内の妻を騙して同人から受取り英太郎が擅にこれを使用して委任状を作成したり印鑑証明書を入手したもので被告木内は本件抵当権の設定、代物弁済の予約のことは全然知らずまして本件裁判上の和解のなされたことは全く知らなかつたことを認めることができる。

以上認定事実によると木内英太郎は被告木内の承諾なく擅に本件土地及び和解条項記載の建物に抵当権を設定し代物弁済の予約をなしたものであり又被告木内の代理に基かずして訴外鈴木亮弁護士を同被告の代理人に選任して本件裁判上の和解をなしたものというべく、被告木内に対しては右各契約及び和解は無効という外ない。

(表見代理について)

訴外木内英太郎が被告木内から前記小早川の債務の肩替りについて承諾を得ていたことは前認定のとおりであるので同人が被告木内のその点についての代理権を有していたことは認めることができるので原告に本件和解についての代理権ありと信ずべき正当の事由が存したかどうかについて判断する。

(証拠)によると原告の職員及び代理人は従来から取引があり信頼していた木内英太郎から被告木内の委任状や印鑑証明書その他必要書類を見せられ被告木内は同人の弟であることも聞かされていたのでこれを信用して同人に被告木内の代理権ありと信じたことを認めることができるけれども、原告又はその代理人は被告木内には直接に面会したことのないのは勿論、書面等によつて被告木内に調査或は照会等の手続も一切執らなかつたものであることは前認定のとおりである。

民法第一一〇条は、代理人が其の代理権限を踰越して為した無権代理行為についてその相手方において代理権ありと信ずべき正当の事由を有していた場合即ち相手方が代理権ありと信ずるにつき何等過失がなかつた場合に限り本人に其の責を帰属させることによつて代理制度の信用を確保しもつて取引の安全を期したものである。

本件についてみると、原告は金融業を営むものであり、金銭の貸付に際しては、充分にその金融申込人の信用状態を調査し信用能力の合理的評価に基いて融資を実行すべきものであり、又それが金融業者の貸付に際しての一般的なあり方であると考えられる。しかして本件の如く主たる債務者たる木内英太郎の信用能力に疑問を抱きつつ第三者の担保提供を条件として貸付を行うような場合には(右事実は(中略)証人の証言によりこれを認めることができる)たとえ主たる債務者において、代理権ありと述べ且つ担保提供者の実印、印鑑証明、権利証等を所持する場合においても尚担保提供者に対して直接若しくは書面で以つて、担保提供の意思の有無担保提供についての代理権の授与の有無等を確めるべき何等かの処置を執るべきものと考える。そして本件についての原告が右調査をなすのが困難な事情にあつたことはこれを認めるべき証拠はない。被告木内が英太郎の弟であるとの一事を以て右調査が不要なりとはいい難い。

以上設示のとおり原告が何等の調査、確認をなすことなく訴外木内英太郎の言をたやすく信用し同人に被告木内の代理権ありと信じたことは軽卒というべきで原告の過失と考えられるので原告に民法一一〇条による正当の事由があつたとは認めがたい。

以上の理由によつて原告が本件土地に対する所有権の取得原因として主張する和解及び裁判上の和解は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも無効であり、従つて右和解の有効を前提とする原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一八部

裁判官 石 田 哲 一

第一、第二、第三目録<省略>

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